考えること

僕は、考えることが楽しくてたまりません。

たぶん、物事のとらえ方が、みんなと少し

違うのだと思います。

たとえば、疲れたときは、休みたいとか、

疲れている自分を励ますのではなく、

人は、どうして疲れたと感じるのか

について考えます。

人だけが、疲労を感じるのであれば、

それは、どうしてだろうと、不思議に

思うからです。

一度でも問いが見つかると、それについて

ずっと考え続けるのではなく、頭の引き出しに

入れておきます。

ある日突然、何かのきっかけで自分なりの

答えが見つかるときがあります。

すると、僕は

突然笑いだすのです。

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引き出し

私は考えることが好きかどうかわかりませんが、結構何かにつけて考えるタイプです。
でも一度気になってしまうと、ずっとその事が頭から離れず疲れてしまう時もあります。
今度そんな事があったら直樹さんのように引き出しにしまってみようと思います。
私はふいの気づきに引き出しを思い出して笑えるかな?
ちょっと楽しみです。

考えても

解らないことは…ずっと頭のどこかにあります。
直樹くんの言う、頭の引き出しなのかも。

何かの拍子に、ふと、わかることがあります。
私の場合は、「あっそうか♪」と思って、心が暖かくなります。

それでも、やっぱり、ある日突然です。
2、3日だったり…30年後だったり…です。

人はどうして疲れるんでしょうね?
ある日突然、答えが出たら…また、blogで聞かせてください♪

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勉強やスポーツが人並み以上にに優れた人は、
時間が経っていても、「上から何段めの左からいくつめのあの引き出しのことだ」と明確につながった物事を思い出せるのでしょうね。
私は「これってずっと前に考えたことと同じことだと思うけど、
何のことだっけ?いつ・どこにしまったっけ?」
という風につながらずもどかしいことが多いです。
そういえばスーパーマーケットですれ違った見覚えのある人のことを
1ヶ月位経ってから誰もいない横断歩道の上で突然
「同じ町内の人だったんだぁ!」
と思い出すのに似ているのでしょうか?
物の見方がちょっと違うことで周りの人が驚くことがたまにあります。
スーパーマーケットの魚売り場の生け簀に泳ぐ鯛を見て、
「今日もキッパリ泳いでいるねぇ」と心の中で話しかけてしまいます。
タイの口許は「ムンッ」として、
キッパリ生きている感じがします。
ヒラメやカレイは下の方で
「どうでもいいわぁ」と言っているようです。
そう考えながら魚を見ていると、
知らず知らずにニンマリしてしまっているようです。
家族から
「時々独り言を言い出すし、
気味が悪いからやめてよね」と疎まれ、
魚屋さんにはきっと業妨害とにらまれていると思いますが、
自分自身はユニークな発想だと思っているのでやめられそうにありません。

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直樹さんのご指摘のように、同じ題材であっても、直樹さんの考える視点は哲学的というか、我々とは異なるように思います。もしかしたら、体の不自由さに慣れているため、あえて理由を問いただす必要性を感じないのかもしれませんね。また、引き出しにしまって置くというのも興味深いです。直樹さんの感性を大切になさってくださいね。

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プロフィール

東田直樹

Author:東田直樹
会話のできない重度の自閉症。自閉症、絵本、詩集など20冊の本を執筆。東京大学(2回)、福岡女学院大学ほかで、講演会を開催。パソコンおよび文字盤ポインティングにより、援助無しでのコミュニケーションが可能。

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