理解

みんなが困っていると訴えたら、一体誰が

助けてくれるのだろうと、考えることがあります。

だんだん、世の中が生きづらくなり、大変な人が

増えて、誰が障害者かわからなくなった時、

障害者の気持ちを、みんなが理解してくれるのかも

しれません。

助けてくれる人がいなければ、社会は成り立たない

のです。

「わからないけれど助けてあげよう」と言われる位が、

ちょうどいいのかもしれません。

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細くて長い

善意の理解であっても、やっぱり人それぞれなので、戸惑うこともありますよね?

直樹さんが、そのように考えるようになって安心しました。

細くて長い理解の数が必要なのかもしれませんね。


映画『みんなの学校』の上映公開を心待ちにしています。

2/21の東京(渋谷)を皮切りに全国順次上映だそうです。

助けて~と言われたら

その時、体は、衝動的に動いてます。

困っているのを見たら、声をかけてしまいます。
でも、これは、間違えることがあります。

私には、困っているように見えても、
ほんとうは、違っていることがあるからですが。

それでも…また、そんな風景に出会ったとき、
声をかけています。

自分で、考えてしていることではないので、
止められません。
普通、誰もが同じなのではと思っています。違いますか?

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助け

本当に困っている時は、どんな人でも助けを受け入れると思います。

困っていると思っていても、本当はそれ程困っていなかった場合は、ひとから助け舟を出された時、自分がたいして困っていなかった事に気づかされるのだと思います。

困っていても困っていなくても、
助けは相手に何らかの感動を与えるのだと思います。

だから私は間違えることがあっても、いつも助け舟を出せる人でいたいです。

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細くて長いの補足

私は、医療や福祉の現場で活躍して下さる方々、同じ境遇の仲間、関心を少しでも持って下さる方々も含めて、皆等しく感謝しています。

善意があれば理解はいろいろあって良いと思います。

支援は人と人の関係性によって築かれていくものです。

理解や知識だけでは救われません・・・。

私は、関心を持ってくれる人の数がもっともっと増えていけば良いなと思います。

100パーセントの理解者が一人では社会は何も変わりませんが、1パーセントの理解者が100人集まれば、何か変わっていくこともあるかもしれないのです。

一人一人の少しの理解と善意が、障害者を取り巻く社会を豊かにしてくれるであろうことに期待したいです。

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No title

困っている人を助ける。簡単なことな気がしますが学校では障害があると言わなければ助けてくれない。いろんなことが厳しすぎます。普通ってなんでしょう

本当に困っているのは・・・

皆さんのコメントを読ませていただいて思ったのですが・・・

「困っている感」を上手く伝えられない人達が、「本当に困っている人」なのではないでしょうか?

「困っている人」を助けてくれる善意のある方は、きっと世の中にたくさんいると思います。

ただ、「困っているかどうかよくわからない人」には手を差し伸べることができません。

本当は困っていても、怒ったり、叩いたり、泣き叫んだり、本意ではない違うことを言ってしまうことでしか伝えることができない人も、同じです。

けれども、普通の人だから、言葉が話せるから、「困っていること」を上手く伝えられるわけではないのです。

本当に困っている理由は「障害」なのでしょうか・・・?

ひとつひとつに問いかけてみることも、必要なのではないでしょうか?

No title

誰が「異常者」なのかがわからなくなったとき、助けようがなくなってしまう、というのが一番怖いのではないでしょうか。

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プロフィール

東田直樹

Author:東田直樹
会話のできない重度の自閉症。自閉症、絵本、詩集など20冊の本を執筆。東京大学(2回)、福岡女学院大学ほかで、講演会を開催。パソコンおよび文字盤ポインティングにより、援助無しでのコミュニケーションが可能。

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