ずいずいずっころばし

「ずいずいずっころばし」という歌がありますが、

その歌を思い出すたび、僕は切なくなります。

何だか、訳の分からない歌詞。

楽しいというよりは、哀しい気持ちになってしまいます。

僕は、手遊び歌として、母から教えてもらいました。

最後まで残った人が、鬼なのか勇者なのか、

どちらともいえない気分になります。

一人抜け、二人抜け・・・

最後まで残された人が、独りぼっちだという

ことは、違いありません。

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わらべ歌は当時の社会や世俗を皮肉ったり辛い気持ちをやり過ごすために遊び唄になったものが少なくないので、
手放しで楽しそうな唄ではないのでしょうね。
「花いちもんめ」も花市場で花を選ぶ歌かと思っていたら、人買いが貧しい農家の娘達の中からどの子を一もんめ(金額)で買おうか迷う歌だと知ったのは自分が母親になってからでした。
「ずいずい…」もお茶を献上する大名行列をやり過ごすために家の中で息を殺して待つ歌だそうです。
言いつけを守らず外に出てしまい行列の邪魔をしたら刀で切られてしまいます。
そんなふうにどこかしら命懸けな内容がメロディーににじみ出るのか 、
私も子どもの頃は違和感を感じながら唄い遊んでいたことを思い出しました。

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No title

直樹君がこの歌をご存じだったとは
驚きました。
私(直樹君のお婆ちゃんくらいの年)の世代でもちゃんと
歌詞を知ってる人は多くないですから。
直樹君はわけがわからない歌詞なのに
哀しく感じるのですね。
本意が伝わるのですね。
実に鋭い感受性ですね。

No title

僕は聴いていて切なくなる歌は思い出さないようにしています。
僕は「スーダラ節」が大好きです。どうしようもなく心が切ないときにこの曲を聴くとほんの少し笑顔になれます。

青春ですね

こどもの頃は、歌詞の語呂が面白くて、また手遊びが楽しくてよく歌っていました。
それがだんだん寂しく思うようになったり、ひとりぼっちを感じるようになったりしてきたのは、きっと直樹さんが青春真っ只中に入ってこられたからなのかなと思います。

他を思いやる気持ち、残った人に同情する気持ち。大人だなぁと思います。
情に流されるのではなく、情を育てて愛にまで到達できたら、きっと哀しさは薄らいでいくと思います。
その気づきのきっかけとなった独りぼっちも怖く無くなると思います。

なんだか先生のように偉そうにいっていますが、人生の先輩としてそう感じました。
参考になるでしょうか。

とっぴんしゃん、ぬけたーらどんどこしょ。

No title

直樹さんの解釈は非常に興味深いです。
このエッセイを読んで、直樹さんが、他のわらべ歌や童謡の歌詞には、どのようなを想像を膨らませながら聴いていられるのと興味がわきました。

最近、急に寒くなりましたね。
お忙しい毎日をお過ごしかと存じますが、心身ともに健やかにお過ごしくださいね。
良いお年を。


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プロフィール

東田直樹

Author:東田直樹
会話のできない重度の自閉症。自閉症、絵本、詩集など21冊の本を執筆。東京大学(2回)、福岡女学院大学ほかで、講演会を開催。パソコンおよび文字盤ポインティングにより、援助無しでのコミュニケーションが可能。

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