僕が僕に言う言葉

僕には、独り言のように、自分に向かって言う

言葉があります。

「何やってんの」

「ダメでしょう」

「怒るよ」などです。

僕は、普段の生活では、奇声を上げたり、

何かで覚えた単語、フレーズなら言えますが、

その場に適した言葉や、普通の会話をすることは

できません。

そのため、自分を励ますつぶやきも、他の人から

言われた言葉しか出てきません。

話せないから、文字盤やパソコンを使っているわけ

ではなく、自分の考えや気持ちを表現しようとすると、

頭の中が、真っ白になってしまうからです。

消えてしまう僕の本当の言葉をつなぎとめて

おくために、アルファベットの文字を見ています。

内面を表現することは、まだまだ僕にとって

大きな労力を必要とします。

僕がつぶやく言葉は、人が注意を受ける際に

普通に使われている言葉です。

しかし、この僕のつぶやく言葉が気になる人が

いるみたいです。

人は、自分が関心を持っている言葉に

反応します。

心が、そちらに向くのだと思います。

それが、なぜかは、その人にしか

わかりません。

夏の訪れ

今年も暑い夏がやって来ました。

蝉の鳴き声とひまわりが、僕がわかる

夏のサインです。

努力しても気づけないことがあります。

だからといって、あきらめてはいけないと

思っています。

今年の夏が終わるまでに

僕は、少しでも成長できるでしょうか。

少数派

自分は普通だ、と思っている人は、

この世の中に、どの位いるのかと

考えることがあります。

できるなら普通になりたい、

普通になれない、と考えている人たちより、

ずっと多いのでしょうか。

仕方ないから普通でいるという人は、

どの位いるのでしょうか。

もしかしたら、普通の人の方が、

少数派ではないのでしょうか。

眠りに着く時

僕は、眠りに着く時、そこにあるものを

じっと見ます。

そこにあるものとは、目の前にある壁や天井、

家具ではなく、目に入り込んでくる空気です。

意識しなければ存在すらない。

けれども、確かにそこにあって、

僕に大切なことを教えてくれる。

自分の目の中で空気が漂う間、

僕は気持ちを無にします。

帰らぬ時間への寂しさはありません。

こんな静かな時間を過ごせることに

感謝しながら、

僕の一日は終わります。

「でも」という言葉

「でも」は、「けれども」とか「しかし」とは、

少し違った思いを込めて、使っているような

気がします。

そのことはわかるが、気持ちがついていかない

状態ではないでしょうか。

少しは理解できる。それでも、その意見には反対

ということは、何がなんでも違うわけでは

ないのでしょう。

誰でも、つい、「でも」という言葉をつかうことが

あると思います。

「だって」より理性的で、「けれども」より優しい言葉。

「でも」で、ちょうどいいというくらいが、

生きやすいのかもしれません。

プロフィール

東田直樹

Author:東田直樹
会話のできない重度の自閉症。自閉症、絵本、詩集など20冊の本を執筆。東京大学(2回)、福岡女学院大学ほかで、講演会を開催。パソコンおよび文字盤ポインティングにより、援助無しでのコミュニケーションが可能。

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